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懲戒解雇されると誤解して出した退職届は錯誤無効か?

      2016/02/23

プレナス事件 【東京地判 2013/06/05】
原告:人事部職員X  /  被告:会社Y

【請求内容】
退職願を出したのは懲戒解雇になると誤解した為として、「退職願無効」と、退職強要による損害賠償を請求した。

【争  点】
①Xの退職の意思表示に錯誤無効が認められるか?
②Y社の退職勧奨は退職強要による不法行為となるか?

【判  決】
Xの錯誤は「動機の錯誤」であり「要素の錯誤」ではないため有効。また、退職勧奨を強要したような事実もない。

【概  要】
Y社は、Xが上長・同僚らに「退職金の予定額が不服ではないか」とメールしたことを問題視し、退職勧奨を行った。Xはこれに応じて退職願を提出したが、後日「退職勧奨に応じなければ懲戒解雇になり、その場合は退職金も支給されないと誤解した為、退職願を提出した」として、退職の意思表示は「錯誤無効」であること、Y社の退職勧奨が退職の強要であり不法行為にあたるとして慰謝料等の損害賠償を求めた。

【確  認】
【錯誤】民法第95条には、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」と規定されている。『要素の錯誤』とは、意思表示の内容のうち「その錯誤がなかったら意思表示しなかったであろうと考えられるほど、重要な部分」についての勘違いをいう。(例:本物だと信じて購入した絵画が贋作であった場合)これに対して、『動機の錯誤』というものがあり、「当然には95条の錯誤無効の対象とはならないが、動機を相手方に表示した場合には、動機は要素の錯誤となる(判例説)」というものである。(例:受胎している馬だと誤信して購入した場合)よって、錯誤無効が主張された場合は、それが「要素の錯誤」なのか「動機の錯誤」なのかの判別が重要なポイントとなる。

 

【判決のポイント】

■なぜ、Xの退職の意思表示は「錯誤無効」と認められなかったのか?
①退職勧奨をしたA部長が懲戒処分や解雇の可能性、ましてや懲戒解雇による退職金不支給について言及したことはなく、Xも退職勧奨に応じなかった場合の処遇等に関して何ら言及していないため、本当にXが誤解して懲戒解雇を避けるために退職願を提出したか否かには疑問がある。(錯誤の存在自体への疑問)
②仮に、本当にXがそのような誤解に基づき退職願を提出していたとしても、それは「動機の錯誤」にすぎず、これが表示されたこと(Xが「懲戒解雇を避けるために自分から退職願を出す」と、自分の考えを会社側に伝えたという事実)は一切伺えないので、要素の錯誤とはいえない。(錯誤の種類)
③退職勧奨後は1週間以上の考慮期間があり、その間にXは労働局に相談して、安易に退職届を出すことがないよう指導を受けていることからも、退職の意思表示がXの真意に基づかないものとは言えない。

<類似の事例で、退職勧奨が無効となったケース>
1)労働者を一室に押しとどめて懲戒解雇をほのめかして退職を強要。(ソニー事件:東京地判平成14.4.9)
⇒ 使用者が労働者に畏怖心を生ぜしめて退職の意思表示をさせた場合は強迫による取消無効(民法96条)
2)客観的には懲戒事由が存在しないのに、あるかのように労働者に誤信させて退職の意思表示をさせたという場合 には、錯誤無効や詐欺による取消無効(民法96条)が認められる。(富士ゼロックス事件:東京地判平23.3.30)
3)労働者が退職の意思を持っていないことを知りながら、使用者が受理した場合は心理留保で無効。(昭和女子大事件:東京地判平4.2.6)

【SPCの見解】

■労働者が、退職勧奨に応じて退職届を提出したかのように見えても、後日「退職の意思の不存在(心裡留保、通謀虚偽表示、錯誤)や瑕疵ある意思表示(詐欺、脅迫)による無効または取消」を主張される場合があるため、注意が必要である。本件は、労働者が勝手に「退職勧奨に応じなければ懲戒解雇で退職金不支給になる」と誤解していたものであり、その誤解について会社側に一切表示していなかったため、要素の錯誤とはならなかったが、もし会社側が労働者が誤解していることを認識していながら、むしろ好都合だと誤解の訂正をせずに退職届を受理していた場合は、異なる結論となっていただろう。退職勧奨をする際には、その方法・言動に十分注意する必要がある。

労働新聞 2014/2/17/2957号より

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