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■採用の自由・内定取消・試用期間

      2016/02/21

「就業規則の徹底活用」から今度は、「重要労働判例講座」を掲載させていただきます。よろしくお願い申し上げます。
さて、今回、このテーマでお話をさせていただく動機は、二つあります。
一つは、工場法からはじまる労働基準法が昭和22(1947)年に施行され、今年で66年が経過します。制定当時の状況との違いからくる“対応しきれない”現在進行形の労働事案に対して、お客様のニーズが弁護士先生だけでなく、我々、特定社会保険労務士にも、現行労働法を超える根拠をもとめてくるようになってきています。
二つには、平成20年3月1日に施行され、平成25年4月1日に改正される「労働契約法」の存在が、労働判例の実務への関与を決定づけました。今回の改正でも罰則のある強制法規にはなりませんでしたが、今後も注目度はピカ一です。
講座の進め方は、以下のとおりです。
1. 取り上げる判例の事件名と判決裁判所の紹介
2. 労働事件の事実と判決
3. 判決からのメッセージ
4. メッセージに対する私的見解

それでは、第1回目をはじめたいと思います。
取り上げる判例は、次の3つです。
① 採用の自由・試用期間~三菱樹脂事件(最高裁判所大法廷判決昭和48年12月12日)
② 採用内定の取消~大日本印刷事件(最高裁判所小法廷判決昭和57年7月20日)
③ 採用内定の取消~宣伝会議事件(東京地方裁判所判決平成17年1月28日)

① 三菱樹脂事件-「採用の自由・試用期間」
Xは、新規学卒者としてY会社に3ヵ月の試用期間を設けて採用されたが、試用期間の満了直前に本採用を拒否された。Y会社の言い分は、1.学生運動の事実を身上書に記載しなかった。2.面接試験における質問時に、学生運動の件で虚偽の回等をした。これらから管理職要員としての適格性に欠ける、というものであった。
そこで、Xは、解雇無効として訴えを提起した。東京地裁と東京高裁はXの請求を認容したが、最高裁は、使用者の採用の自由、その一環として労働者の思想・信条を調査することが出来ることを認めた。解雇権行使については高裁に差し戻し。
結果、訴訟上の和解で決着。Xはその後、Y会社の子会社の社長にまで出世した。
<判決からのメッセージ>
1)「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる」
→使用者は、労働者の思想・信条を理由に、採用を拒否することは、「法律その他による特別の制限がない限り」自由である。
2)「企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできない。」
→試用期間中の本採用拒否は、適格性欠如の判断の具体的根拠(業務遂行能力や勤務態度の不良等)を示す必要があり、その判断の妥当性を裁判所が客観的に判定する。また、適格性欠如について具体的根拠を示せたとしても、指導や教育により適格性が向上すると見込まれる場合は、解約権の行使が認められない場合もある。
<メッセージに対する私的見解>
思想・信条の調査については、今日では、プライバシー保護の観点から難しいと思われがちですが、労働基準法3条では、雇い入れ後の信条を理由とする労働条件の差別的取扱いを禁止しています。よって、必要がある事項については採用時に調査をしておくべきです。それも身元調査は採用内定過程において済ませるべきと考えます。

② 大日本印刷事件-「採用内定取消」
XはY会社の採用内定通知を受け、誓約書に所要事項を記入してY会社に返送した。
Y会社は、あらかじめ内定取消の要件として、以下の5つをあげていた。
(1)提出書類の記載内容に事実と相違があるとき
(2)過去、共産主義運動をしていたことがあるとき
(3)大学を卒業できなかったとき
(4)健康状態が悪化したとき
(5)その他の事由で入社後の勤務に不適当と認められたとき
その後、Y会社は、Xには、グルーミー(陰気)な印象が当初からあり、それを打ち消す材料が出なかったことを理由に誓約書の内定取消事由に該当すると判断し、内定取消を行った。Xは、従業員としての地位の確認等を求めて訴えを提起した。
大津地方裁判所および大阪高等裁判所は、Xの請求を認容した。Y会社は最高裁判所に上告したが、棄却された。
<判決からのメッセージ>
「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的な合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」
→経歴を偽っていた場合、過去の犯罪歴や現在の疾病を秘匿していた場合等、それがあきらかになっていれば会社は内定決定を当然行っていないであろう事実が明らかになった時に内定取消は認められる。今回のように、性格が「グルーミー」な程度では、あらかじめ面接で分かっていたことであり、採用内定を取り消す理由にはならない。
<メッセージに対する私的見解>
労働契約法6条は、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」とあります。その点では、内定の時点で労働契約は成立していると考えていいと思いますが、実際に労働し、実際に賃金が支払われていない内定取消については、労働者でないため、労働基準法20条の解雇予告の適用はないと考えます。よって、30日分の平均賃金の支払いは必要ないと思いますが、今回のケースでは、損害賠償(慰謝料)としては約束した初任給の3ヵ月から6ヵ月分は覚悟した方がいいかもしれません。

③ 宣伝会議事件-「採用内定取消」
XはY会社への採用内定当時は大学院生であり、Y会社の内定者懇談会や入社前研修会に参加していた。しかし、その懇談会や研修ではレポートや課題が多数課せられ、Xの研究に支障をきたすようになった。具体的には、採用(平成15年4月1日)前には博士論文の完成と審査終了が予定されていたが、研修会での課題に追われ負担となっていた。Y会社は採用前の直前研修(3月26日から29日)に参加するようもとめ、Xは3日間のみ出席した。Y会社は研修が遅れているとして、試用期間の延長か、博士号取得後中途採用試験を受けなおすか、を選択するようXにもとめたが、Xはいずれも拒否した。
Y会社はこれをもって内定辞退であると主張し、Xは内定取消であると主張し、違法な内定取消による逸失利益として、賞与を含む1年分の給与と慰謝料200万円と弁護士費用を請求した。東京地方裁判所は、内定取消の違法性を認め、逸失利益として4月分19万6千円、慰謝料50万円、弁護士費用10万円を認定した。
<判決からのメッセージ>
「内定後入社前の研修を命ずる根拠はなく、研修を行なうには内定者の同意が必要であるところ、この同意があっても使用者は内定者の学業等へ配慮しなくてはならず、合理的な理由に基づく免除の要請があった場合にはこれを免除すべき信義則上の義務を負うとし、当該同意は研修への参加をやめることが出来るとの留保が付されていたと認定している」
<メッセージに対する私的見解>
新卒採用者の「内定段階における生活の根拠は、学生生活にある」、「学業への支障などといった合理的な理由」がある場合は、参加義務を免除しなければならないの判定は使用側には辛いものと考えます。内定取消事由に、「内定後実施する研修に理由の如何を問わず出席できないとき」を入れるべきと考えます。
つまり、内定期間中に当該内定者に対して、会社の就業規則の効力が及ぶとする考え方です。その方が、内定者から我儘な理由で内定誓約書提出後辞退してきたときの対処もしやすくなると思います。
以上です。

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