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■偽装請負と黙示の雇用契約の成否

      2016/02/21

今回の予備知識として、「労働者派遣」と「偽装請負」を確認しておきたいと思います。
労働者派遣とは、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないもの」をいいます(労働者派遣法2条1号)。
偽装請負とは、「形式的には請負の名目で、請負事業者が注文者との間で契約を締結し、自己の従業員を注文者の事業場等において労働に当らせるものの、実際には請負事業者が自ら当該従業員を指揮命令することはなく、注文者の指揮命令の下で労働に従事させること」をいい、実質的には労働者派遣ないし労働者供給事業に当たるものをいいます。
取り上げる最高裁判例等は、次のものです。
偽装請負と黙示の雇用契約の成否~パナソニックプラズマディスプレイ事件(最高裁平成21年12月18日判決・大阪高裁平成20年4月25日判決)
黙示の雇用契約と心裡留保~クボタ事件(大阪地判平成23年10月31日判決)

パナソニックプラズマディスプレイ事件-「偽装請負と黙示の雇用契約の成否」

Y社は、PDP(プラズマディスプレイ)パネルの製造を行っている会社であり、A社は、家庭用電気機械器具の製造業務の請負等を目的とする会社で、取引先メーカーの要望に応じて、工場内下請けの名目で人材を供給しており、平成13年7月、Y社との間で、業務請負契約を締結した。
Xは、平成16年1月20日ごろ、A社との間で雇用契約を締結し、そのころより、Y社の工場(本体工場)において、PDPパネルの製造業務の封着工程に従事していたが、XはA社の従業員からではなく、Y社の従業員から指示を受けて稼動していた。Xは、平成17年4月ごろから、Y社に対し、直接雇用を申し入れるようになった。
Xは、平成17年5月26日、大阪労働局に対し、本件工場における勤務実態について、A社の従業員が、Y社の従業員から直接指示・監督を受けるというものであり、A社による業務請負ではなく、実際には、A社による労働者の派遣であり、業務請負契約を装って労働者派遣事業をすることは、職業安定法44条、労働者派遣法に違反する行為であると申告した。
大阪労働局は、この申告を受け、Y社から事情聴取をした上、平成17年7月4日、Y社とA社との業務委託契約は労働者派遣に該当し、労働者派遣法違反の事実があると認定し、同契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるように是正指導した。上記是正指導を受け、A社は業務請負から撤退し、Y社は、別会社であるB社との間で労働者派遣契約を締結し、平成17年7月21日より、同社から派遣労働者を受け入れ、PDPパネルの製造を続けることになった。
A社が撤退することとなり、XはA社から別部門に移るように打診されたが、Y社に直接雇用を求めたいと考えて、これを断り、A社を退社した。その後も、XはY社との交渉において直接雇用を求めた結果、Y社は、Xに対し、直接雇用の申し込みをし、雇用期間等を記載した契約書を交付した。それによると、契約期間は、平成17年8月1日から平成18年1月31日までの6ヵ月間というものであり、また、業務内容はPDPパネルの製造-リペア作業および準備作業などの諸業務とされていた。Xは、期間の定めのない契約とすることと、業務内容をこれまでXが従事していたPDPパネルの封着工程とすることを申し入れていたが、A社との契約関係が解消さている状況であることに加え、これまでの交渉の経緯から、この申入れに固執していては雇用契約の締結は困難であると考え、契約書とは別途に異議をとどめる旨の意思表示をした上で、平成17年8月19日、Y社提示の雇用契約を締結した。
Xは、平成17年8月22日から、Y社から直接雇用された従業員として出社し、これまで従事していた封着工程とは異なるPDPパネルのリペア作業に従事した。
Y社は、不良PDPは廃棄されており、リペア作業は行う必要がないことを理由に、平成17年12月28日、平成18年1月31日の満了をもって、Xとの雇用契約が終了する旨を通告した。
そこで、Xは、Y社に対して、XY間の黙示の労働契約の成立等を主張して、雇用契約上の地位を有することの確認等を求めて本件訴訟を提起した。
高裁は、XとY社との間に黙示の雇用関係が成立していることを認めた。
これに対し、Y社が上告し、最高裁は、黙示の労働契約の成立を否定した。

<判決からのメッセージ>
●高裁判決
1)Y社は、Xを直接指揮監督していたものとして、その間に事実上の使用従属関係があった。
2)XがA社から給与等として受領する金員は、Y社がA社に業務委託料として支払った金員からA社の利益を控除した額を基礎とするものであり、Y社がXの給与等の額を実質的に決定する立場にあったといえるから賃金支払関係があった。
3)これに対応してXは、製造工程で労務提供を行っていた。
→違法な派遣労働がなされた場合であって、その態様等が悪質な場合には、当該契約が公序良俗違反(民法90条違反)により無効となり、職業安定法44条において禁止されている労働者供給事業に該当する。
→労働者と受入企業との間に明示の雇用契約が存在しなくても、事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係が認められる場合には、両者の間に黙示の雇用契約が成立する。
●最高裁判決
1)Y社は、A社による採用に関与していたとは認められない。
2)Y社がA社から支給されるXの給与等の額を事実上決定していたといえる事情がない。
3)A社は、Xの配置など具体的な就業態様等を一定の限度で決定し得る地位にあったと認められること。
→本件の就労関係は、請負契約に基づくものと評価できず、労働者派遣に該当する。労働者派遣である以上は、労働者供給に該当する余地はない。労働者派遣が仮に派遣法に違反して行われた場合においても、「特段の事情」がない限り、派遣労働者と派遣元との間の雇用関係が無効になることはない。よって、Y社とXの間において、雇用関係が黙示的に成立していると評価できる事実関係はない。
<メッセージに対する私的見解>
高裁判決は、偽装請負の下で労務提供している労働者と労務提供先会社との間に労務提供当初から直接黙示の雇用契約が成立していると判断しました。
ところが、最高裁は、偽装請負であることを認めつつも、雇用契約の成立を否定し、高裁判決を取り消しました。
もともと、A社という独立した会社に対して、Y社が賃金額を実質的に決定していると認定した高裁判決には、違和感がありました。
ただ、最高裁判決での「特段の事情」についても、何ら具体的な例示はされていません。その点も派遣労働者保護の視点からは、課題を感じます。
平成20年には、140万人いた派遣労働者数は、平成24年には90万人と減少してきています(総務省統計局「労働力調査」)。
平成27年(2015年)10月には、違法派遣と知りながら派遣労働者を受け入れた場合に、派遣先が派遣労働者に対して労働契約を申し込んだものとみなす「労働契約申込みみなし制度」が施行されます。
今後とも派遣先に対する姿勢が問われる法改正の方向性は変わらないと認識しておいたほうがよいと思います。

クボタ事件-「黙示の雇用契約と心裡留保」

労働者Xらは、株式会社A、B、Cとそれぞれ派遣労働契約を締結し、Y社の工場に派遣されて就労していた。
Y社の関連会社は、平成18年12月、労働局の立入調査を受けたところ、その際、労働者派遣法40条の2第1項の「派遣先は、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの同一の業務について、派遣元事業主から派遣可能期間を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けてはならない」との規定に違反するとの是正指導を受け、その是正措置として、「違反事項に係る労働者派遣の役務の提供を受けることを中止すること」との指導を受けた。
その後、Xらは、平成19年4月1日付でY社との間で期間の定め(雇用期間6ヵ月)のある本件直接雇用契約を締結した。Xらは、契約期間の上限(最大2年間)まで3回契約更新されたが、その後の契約更新は行われなかった。
そこで、Xらは、①Y社の工場で就労を開始した当初から、Y社との間で黙示の雇用契約が成立していた、②仮に黙示の雇用契約が成立していないとしても、その後に締結された本件直接雇用契約の期間の定めのある部分は心裡留保により無効である、あるいは、公序良俗に反し無効であるなどとして、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する法的地位の確認を求めた。
結果、「心裡留保」は認めず、黙示の雇用契約は成立していないとした。
※心裡留保とは、表意者がその真意でないことを知ってした意思表示(本気ではない・冗談等)のこと(民法93条)。

<判決からのメッセージ>
1)実際に雇用契約を締結していなくても、事実上派遣先会社との間に雇用契約が成立していたとする主張は、以下の観点から、そのような事実は認められないと判断された。
①派遣先会社が派遣労働者の採用・賃金その他の労働条件を決定し、また配置や懲戒等を行っていたこと。
②派遣労働者の業務内容・派遣期間が労働者派遣法で定める期間を超え、派遣先の正社員と区別し難い状況となっていたこと。
③派遣先が派遣労働者に対し「労務給付請求権」を有し、賃金を支払っている等、事実上の使用従属関係が認められるような特段の事情があること。
2)労働者らは、契約内容のうち「期間の定めがあること」という点については承諾しておらず、また承諾していないことを会社側も知っていたとして、心裡留保により無効、または公序良俗により無効と主張したが、労働者らは異議を述べずに契約書に署名捺印しており、承諾の意思表示がなかったとは認められない。また、会社は本件直接雇用にあたって必要な説明を十分に行っており、公序良俗に反するという点についても採用できないとして有期雇用契約は有効であるとした。

<メッセージに対する私的見解>
偽装請負や違法派遣のケースでは、発注先や派遣先と「黙示の雇用契約」が成立していたと主張されることが多くなってきましたが、黙示の雇用契約があったと認められるためには、今回の判例で取り上げた要件が必要となります。また、パナソニックプラズマディスプレイ事件で判示されているように、容易に認められるものではありません。つまり、違法派遣の場合であっても、派遣元が労働契約の相手方とみなされる限り、派遣先との間に黙示の労働契約関係の成立を認めることは困難であるといえます。
ただ、経済的には強い立場にある発注社側が、請負会社や派遣会社を通してその従業員の労働力を利用しながら、使用者としての労働法上の責任を負わないことの矛盾は、中間搾取ビジネスの課題として取り上げ続けられると思います。

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